いじめ用語集

■いじめ集団の4層構造

いじめ研究の先駆者、森田洋司が提唱した概念。いじめには「被害者」「加害者」だけではなく、さらなる二層が存在するという捉え方が特徴的です。
 
さらなる二層のうち、一つは、いじめをはやしたてる「観衆」の層。そしてもうひとつは、見て見ぬふりをする「傍観者」の層です。
 
「傍観者」の層には、わずかではあるが「仲裁者」(および通報者)などが含まれ、いじめを抑止することもあります。しかし、次のいじめのターゲットになることを恐れるなどして、仲裁を控える者が多くいます。
 
この理論から示唆を受けるべきは、「いじめはみんなに責任がある」といった道徳論などではありません。いじめが決して個人間に生じるトラブルではなく、環境的に形成されること。そのことを認識した上で、「いじめ集団」に着目し、ストレス度合いやパワーバランスを見ながら、時にはその集団そのものを変化させるといった対応が必要だということです。
 
森田洋司『いじめとは何か』(中公新書、2010)より。

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■中和の技術

社会学者デイヴィット・マッツァが提唱した概念に、「漂流理論」があります。これは、非行に走るものは、「善悪の区別がついていない者」なのではなく、「善悪の区別がついており、つねにその間を漂流している者」として捉えた上で、「自分が行なっている行為は悪ではない」と自己肯定しようとする様子に着目したものです。
 
このように、自分の行為を正当化する方法のことを、マッツァは「中和の技術」と呼びました。つまり、自分のしている行為は悪ではないとするイイワケの技術のことです。
 
「中和の技術」には、主に5つの類型が挙げられています。

  1. 「責任の否定」
  2. 「危害の否定」
  3. 「被害者の否定」
  4. 「非難者への非難」
  5. 「高度の忠誠への訴え」

です。
 
これらはいじめにも当てはまります。「自分がやりだしたんじゃない」(責任の否定)、「これはいじめではなくふざけていただけだ」(危害の否定)、「この子が生意気だからこらしめていただけだ」(被害者の否定)、「そんなことを注意される筋合いはないし、そもそもお前は人に注意できる立場か」(非難者への非難)、「クラスのノリを乱すのがいけないんだ」(高度の忠誠への訴え)、といった具合に。
 
いじめは「悪」だと知られているからこそ、加害者はその加害性を否定しつつ、大人の目を盗んでいじめを行います。その際に用いられる「中和の技術」を鵜呑みにするのではなく、適切な仕方で加害を特定していく必要があります。

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■反いじめ法

アメリカでは、度重なるいじめ自殺事件を受け、各州で「反いじめ法」が制定されて行きました。この法では、各関係者ごとに、具体的な対策を行うことが義務付けられています。カウンセリング機能を整えたり、教師に研修を受けさせたり、学校側がいじめに関する啓発を行うように促したり、ネットいじめについての文章を盛り込んだりと、各州様々です。
 
州によっては、厳罰路線を強調するところもあり、その方向性をめぐっては論争も絶えません。もちろん、法による縛りがなくとも、関係者が自発的に対応を進めることができれば、それが最も望ましいでしょう。
 
関連資料:「アメリカ合衆国におけるいじめ防止対応―連邦によるアプローチと州の反いじめ法制定の動き― 井樋 三枝子」

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■セクシュアル・ハラスメント

相手や周囲の人を性的に不快な気持ちや不安な気持ち等にさせる言葉や行動。
 
<例>相手の容姿を品評すること、スカートめくり、盗撮や強制的に写真を撮影する、盗撮、強制撮影画像のネットへのアップ、身体の特に性に関わる情報をツイッター等を含め、様々な方法で暴露したり、誹謗、中傷したりすること。
 
ただし、ハラスメント悪質性の程度が高く、ハラスメントを受けた人が精神的に追い詰められるような状況となったときは、特に「性的いじめ」として捉えた方がよい。

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■ジェンダー・ハラスメント

「女らしさ」・「男らしさ」の物差しから外れた行動や態度に対し非難すること。
 
<例>女のくせに大食いだな、女のくせに男言葉を使うな、男のくせにだらしがない、男ならもっと堂々としろ、男のくせにそんな女っぽいものが好きだなんておかしいんじゃないの…
 
これは人を「女らしい女」や「男らしい男」でなければ認めないという認識に基づくもので、多様な生や性の在り方を認めようとする考え方を真逆のもの。多様な性や生を認めることが人権尊重のひとつとして理解されるようになっている今日、ジェンダー・ハラスメントは認められない。このハラスメントは、ハラスメントを直接受けている人がLGBTである場合はその人の存在そのものに対する重大な攻撃となり、「いじめ」といえる。一方、ハラスメントを受けている人が非LGBTの場合は、セクシュアル・ハラスメントと同様、その程度等により、いじめとなりうる。しかしながら、非LGBTの人に対するジェンダー・ハラスメントは、それを見聞するLGBTの人にとっては、自分の存在がとてもネガティブに捉えられていることを思い知らされるものであるので、間接的にであれ、LGBTの人たちに対するハラスメントとなりうる。ジェンダー・ハラスメントはそれゆえ誰に対しても許されず、その程度によってはいじめとなるもの。
 
しかしLGBTの人たちにどのようなインパクトを特に与えるかは正確に知る必要がある(LGBTについてはこちら)
 
ジェンダー・ハラスメントに端を発するいじめには、いじめの対象とされた人がLGBTであろうがなかろうが、「男らしくもなく、女らしくもない人」を「人」と思わない気持ち、つまり差別意識に基づいているものとも考えられる点に注意したい。

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今後も追加していく予定です